◆はじめに
合格発表の日の帰宅は、23時過ぎでした。くたくたになって帰宅し、協会のホームページで自分の番号を見つけたときには思わず「オレってすごいっ!」と何回も叫んでしまいました。アパートの壁が薄いので、きっと隣の部屋の人にも聞こえて不審に思われたんじゃ…というくらいです。
私は7年目にしてやっと診断士試験に合格することができました。おそらく、受験歴は上から数えて何番目(もしかしたら最多受験?)でしょう。その分無駄も多かったと思いますが、少しでもこれから診断士を受験する方の参考になれば幸いです。
◆受験の動機
私は平成13年にはあまり大きくない商社に勤務していました。そのときに、顧客の一人からちょっとナメられたようなことを言われたことがあります。今思うと真っ当なことなのですがまだ若かったため、「社長といっても、夫婦二人だけでやっている小さい会社の社長に偉そうなことを言われたくない」と頭に血が上りました。その日の帰宅途中にたまたま立ち寄った書店に診断士の受験本を見つけ、「これだ!」と思ったのが、診断士を目指すきっかけでした。
◆受験歴
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1次 |
2次 |
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| 平成14年度 |
× |
― |
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| 平成15年度 |
× |
― |
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| 平成16年度 |
× |
― |
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| 平成17年度 |
× |
― |
運営管理で足切り
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| 平成18年度 |
○ |
× |
BCBA 総合B判定
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| 平成19年度 |
○ |
× |
BAAB 総合B判定
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| 平成20年度 |
― |
○ |
1次の代わりに社労士受験
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受験を決意し、すぐに大手スクールの通信講座(テキストだけが送られてくるタイプのもの)に申し込みました。しかし、当時の勤務先がとてもぬるい会社で、このまま勤務し続けたら前職で培った営業力が落ちることに気づき、転職活動を始めたらすっかり診断士のことは忘れてしまいました。
その後、無事転職することができましたが、入社3日目で「失敗した」と思い(毎日朝8時に出社し、終わるのが22時ということが当たり前のため)、ではどうするかと考えたときに診断士のことを思い出しました。しかし学習を始めたのが平成13年5月だったため、当然7月末(当時)の受験に間に合うはずもなく、翌年の1次試験を受験することにし、学習を開始しました。
<1次試験>
○平成14年度
全科目が終わらないまま受験日を迎えて、当然不合格。
○平成15年度
テキストは読み終えたものの問題演習が1回転しかできず、やっぱり不合格。
この2年は仙台会場がまだなかったので東京で受験したのですが、半分上野動物園にパンダを見るために行っていたようなものでした。
○平成16年度
受験3年目を向かえ、何故か「初心に戻って、一からやり直そう」と考えました。またテキストを読み返し、そのために問題演習の時間が取れずにまた不合格。
○平成17年度
この年にやっと「1次試験に合格できないのは、問題演習が足りないから」というとても当たり前のことに気づきました。そこでひたすら問題演習を繰り返しました。総得点では合格ラインを超えていたのですが、運営管理で27点で足切りに合いました(この年は、まだ科目合格制度の導入前です)。
また、1次試験にも合格していないのに、2次対策としてAASのHPクラスに申し込んだのもこの年です。
○平成18年度
前年の1次試験の結果を受けてひたすら問題演習に取り組みました。おそらく5回転は回しました。問題集が壊れるまで回した結果、合格することができました。
<1次試験から得た教訓>
ご存知の通り、1次試験はマークシートでの試験です。財務・会計以外は選択肢が正しいか誤っているかがわかれば合格できる試験です。それを考えると、テキストを何回も読むことは時間の無駄です。一通り読んだら問題演習を繰り返し、問題集の解説で理解できないことがあった場合に辞書的に使うべきです。この方法がわかったおかげで、平成19年度も合格しました。
<2次試験>
○平成18年度
前年足切りにあったものの、1次試験に手ごたえを感じていたことと、前年から受講していたAASのHPクラスが面白かったので、この年から仙台で開催することになったAASの受講を申し込みました。
しかし1次試験に合格していないため、どうしても学習の比重を1次試験に置いてしまっていました。1次試験前は課題も過去問も一通りやっただけでした。1次試験終了後に本格的に2次対策に取り組んだのですが、それで間に合うはずもなく、やっぱり不合格。
ただ、この年には基本的な考え方や解答の書き方を学ぶことができました。当時は気づきませんでしたが、この年にAASで学んだことが合格するためのベースになったような気がします。
また、もっとも苦手とする事例WでA判定を取れたことも自信に繋がりました。9月の段階でCF計算書もまともに作れない状態だったのに、直前に集中的に過去問を解くことが事例WのA判定に繋がりました。
○平成19年度
受験生活も6年目に入り、もういい加減どうにかしないと思い、勉強に集中するために実家を出てアパートを借りました。自由にできる時間はすべて試験対策に当てたかったからです。実家にパラサイトしている方が楽ですが、自分を追い込まないと受験生生活が何年も続いてしまうと考えたからです。
学習面ではAASと仙台しかく塾にお世話になりました。しかし、「受験生生活を何年も続けているわけにはいかない!」という焦りと、過去問を解く際に「この問題は確か…」という記憶に頼った解答方法をしていたため不合格となりました。
○平成20年度
2年連続で1次試験に合格できたため、例え2次試験が不合格になって振り出しに戻っても翌年にはまた1次試験に合格できる自身がついていました。そのため何を思ったのか「診断士と社会保険労務士を同じ年に合格したらカッコいい」と考え、1次試験の代わりに社会保険労務士を受験しました(今思うと社会保険労務士試験を完全に舐めていました。もちろん不合格)。
また、何故か資格試験は「1回だけ合格すればよい」もので、「今年がダメでも来年も、再来年も受験することができるんだ」と気づきました。
同時に、せっかく受験するのだからどうすれば合格できるのかを真剣に考えようと思い、実行することで合格することができました。その学習方法は以下の通りです。
<2次試験の学習方法>
@問題演習の数をこなすことで、解答パターンを身に着ける
例えば「新規事業の留意点は?」と聞かれたら、「どうすれば新規事業がうまくいくかということを書けばよい、というパターンを増やしていきました。この解答パターンは『事例○の教訓』と名前でWordに整理し、暇があれば眺めるようにしていました。
A問題演習の数をこなすことで、記述パターンを身に着ける
例えば、「理由は?」と聞かれたら、「理由は○○である。具体的には…」という記述パターンを増やしていきました。この記述パターンがあると、糸口が一つあるとそこで記述すべきことが必然的に決まるため、解答時間の短縮を図ることができます。この記述パターンも『事例○の教訓』と名前でWordに整理しました。
ただし、見つけた糸口が間違っている場合、出題者が意図する方向と全然違う解答をしてしまう恐れもあります。そのため基本的には次に書いた部分点を重ねる方法で解答し、全然検討がつかない問題にのみ使うようにしました。
B部分点を取る方法を身につける
例として、平成20年度の事例Tを使用します。第1問では「A社の事業の歴史的展開を踏まえたうえで」という制約条件があり、「A社の強み」と「それを形成してきた要因」について問われています。ということは、問われている「A社の強み」や「それを形成してきた要因」が見当違いな解答を書いたとしても、与件に必ず記述があるはずの「A社の事業の歴史的展開」を書けば何点かは部分点がもらえるということです。
C過去問は後回し
平成19年度の欄にも書きましたが、1度解いた過去問を解く際にはどうしても「この問題は与件に○○とあって、レベルが△△だから□□と書けばよいのだ」と記憶に頼った解き方をしていました。これでは問題演習ではなく、与件や解答を覚えているかに重点を置いていて、2度と同じ問題が出ない試験にはまったく無効だと気づきました。そのため敢えて過去問は直前期まで触れないようにしました。
ただし、事例Wだけは何回も過去問を繰り返すことはとても有効です。念のため。
D自分の勤務先を頭の中で診断してみる
これは学習方法といえないかもしれませんが、勤務先の経営陣の方針や指示が適切なものかどうか、ということを考えることは非常に有効でした。明らかに誤りと思われる指示に対しては、自分だったらどういう助言をするか、ということを常に考えていました。残念ながら、本当に診断する前に吸収合併されてしまいましたが…。
◆おわりに
ここまで長々と読んでくださり、ありがとうございます。
読んでくださった方の中には、もしかしたら多年度受験で、半分諦めかけている方もいらっしゃるかもしれません。私も受験中には「永久に合格できないかもしれない」と思ったことが何度もあります。でも、所詮は試験です。合格点さえ取れれば、必ず合格します。合格しなくても、殺されることはありません。でも、やっぱり合格した方がその後の人生が楽しくなるような気がします。だったら、合格するまでやり続けるべきだと思います。
私が受験を決意したときは、一応若手でしたが、今ではもうすっかりおじさんと呼ばれる年齢になってしまいました。学生時代の友人が次々と結婚し、子供ができ、家を建てる中で、ひたすら診断士になるための勉強だけをしてきました。このまま続けて、その後の人生はどうなるんだろうと不安に思ったことも何回もあります。でも合格できたので、全部チャラです。すべて良い思い出です。
末筆になりましたが、AASの石原先生や仙台しかく塾の渡辺さん、一緒に受験した仲間の方々、ヘロヘロな私に「きっと大丈夫だよ」と言ってくれた方々には大変お世話になりました。この場を借りて、お礼を申し上げます。本当にありがとうございます。
では、実務補習に行ってきます! |