■ 受験経歴
年(平成) |
1 次試験 |
2 次試験 |
受験機関 |
16 |
合格 |
不合格 |
受験校(通学) |
17 |
合格 |
不合格 |
受験校(通学) |
18 |
受験せず |
不合格 |
なし |
19 |
合格 |
合格 |
AAS ( HP クラス) |
■ 具体的な学習方法
(1)学習のきっかけとモチベーションの維持
平成 16 年元旦,経営学を学びたいと思い立ちました。インターネットで検索して,中小企業診断士の存在を初めて知りました。診断士を目指すことで経営学を体系的に学べると思いました。経営学の考え方や手法を自分の仕事(診断士試験の勤務先区分では,「研究・教育」です)に活かしたいと思ったのが学習のきっかけです。
タイミングよく,受験校が 16 年1月末から自宅近くで通学の速習コースを開講するとの新聞広告を見つけました。早速,正月休み明けに申込をすませ,入手したテキストを使って学習を開始しました。
結局,平成 16 年 1 月から 4 年がかりで 2 次試験をクリアできました。この間,家族の応援や受験関係者との対話によって,学習のモチベーションを維持できました。支えていただいた方々に心から感謝申し上げます。一方,受験勉強には自分との戦いという内面性があります。内面的なモチベーションについては,自分自身の好奇心の強さによって維持できました。知らないことを知る喜びを持ち続けた 4 年間でした。
(2)平成 16 年の学習:1次知識のインプット
1次の全科目とも,予備知識を全く持たない状態からのスタートでした。学習を始めてから1次本試験までの 7 ヶ月間で行った具体的な学習は,以下の通りです。
- 受験校のテキストを一通り読んでから講義を受けました。講義を MD に録音して,それを再生しながら再度テキストを読み返しました。講義の MD を通勤時間などにも再生して,聴覚によるインプットも実行しました。
- テキスト中心のインプットと並行して, 1 次科目に関連する新聞記事を切抜き,科目ごとに整理しました。これによりテキストから得た知識と現実を照合できました。
- 受験校の答練問題や 1 次模試,平成 13 年から 15 年までの 1 次本試験過去問を解き,要点をテキストに書き込み,知識の定着を図りました。できなかった問題は,解答解説を見なくても自力で説明できるようになるまで復習しました。
以上の学習を,平日は帰宅後机に向かって,土曜日は受験校に通って,そして日曜日は自宅にこもって 7 ヶ月間継続しました。また,通勤時間や出張のための移動時間などはもちろん,歩いている時間も学んだことを思い出すなどして学習時間を捻出しました。結局, 7 ヶ月間で 1021 時間学習しました。 1 日平均 5 時間弱です。
初めての 1 次本試験では財務会計で足きりをくらうのではないかと不安でしたが,なんとか合格することができました。楽しんで学習した成果かもしれません。
16 年の 2 次試験については,受験校の答練で出された創作事例に触れるだけで精一杯でした。 1 次知識が満足に定着していない状態で答練を受けても,マス目を埋めることさえできませんでした。そして奇跡が起こらぬまま臨んだ 2 次本試験は全く手ごたえがなく,予想した通り不合格となりました。
(3)平成 17 年の学習: 1 次知識の充実
平成 16 年の 2 次不合格の理由は, 1 次知識が十分に定着していないからと分析しました。したがって, 17 年も 16 年に引き続き 1 次合格を目標に,同様の学習を実施しました。加えて,試験科目に関連する書物を読み漁り,それをノートにまとめる作業を行い,知識の引き出しの数を増やしました。このような努力の結果, 17 年の 1 次試験は総合で 7 割の得点率をマークでき,余裕で合格することができました。苦手だった財務会計の理解も深まり, 1 次本試験のころには,得意科目のひとつになっていました。
1 次の学習と並行して,受験校の 2 次専門のコースに通い,受験校が作成した事例を解くカリキュラムを消化していきました。その結果,通っていた受験校の 2 次模試では,全国 3 位の成績を残すまでになりました。しかし,これは落とし穴でした。他の受験校の 2 次模試では D 判定だったのです。通っていた受験校が好む答案を作成できるようになっただけのことだったのです。
17 年夏には,他の受験校の 2 次答練に参加しました。受験校を渡り歩くことで,ジェネラルな 2 次試験対応力をつけようとしたのです。しかし今から思えば,これは間違いでした。この時, 2 次本試験の過去問の重要性に気づいていなかったのです(これが 17 年までの敗因です)。そして, 16 年の学習時間に匹敵する時間を費やし, 1 次知識をある程度蓄積したにもかかわらず, 2 次ではまた不合格となったのでした。
(4)平成 18 年の学習:フレームワークの習得
平成 18 年が幕を明けるまでに 2 次本試験の過去問やその解説を読んだりしていましたが,自分で解くということは全くしていませんでした。 1 次知識がある程度蓄積していた平成 18 年は, 1 次試験を受験せず, 2 次の過去問を材料に学習を進める計画を立てました。受験校が作成する 2 次対策用の新作問題に触れるよりも,これまで真剣に向かい合ってこなかった本試験の過去問と対峙することにしたのです。
具体的な学習方法は,独学で AAS の解答例集を手本に過去問を解くことでした。 2 次本試験までに, 5 年分の本試験過去問を自分で解き, AAS の解答解説を読むという学習を 4 回転しました。与件内容を AAS のフレームワークを使って分析する過程で,それまでに蓄積した 1 次知識をどのように活用していけばいいのか,過去問を通して学ぶことができたと思っております。平成 18 年の学習時間は 300 時間程度で,それまでの 2 年間よりも激減しましたが,やっと私の成功要因である「過去問回帰」という方向性を打ち出すことができました。
しかし 2 次試験の結果は,またしても不合格でした。この年から,不合格者には判定が出るようになり,私は事例 I から順に ACBB で,総合で B 判定でした。 18 年は,蓄積した 1 次知識を AAS のフレームワークで活用する方法を学びましたが, 80 分の間にその方法を初見の事例問題に対して適用できない状態だったのです。
3 回目の 2 次不合格を知った直後は,自分の不甲斐なさを嘆きました。しかし同日の夜には,「汎用性のある答案作成プロセスを確立しなければならない」,と自らを奮い立たせました。平成 18 年までは,解答欄のマス目を埋めることに注力するのみで,どうやって答案を作成するのか,そのプロセスに磨きをかけていませんでした(これが 18 年の敗因です)。したがって, 2 次本試験の 80 分間で力を出せなかったのです。
(5)平成 19 年の学習:答案作成プロセスの確立
平成 19 年は, 1 次試験を受けなければなりませんでした。詳細は割愛させていただきますが,アウトプット中心の対策を実施し, 2 年ぶり 3 回目の 1 次試験突破を達成できました。
2 次対策では, AAS の HP クラスを活用させていただきました。最も効果的だった学習は,平成 17 年と 18 年の本試験過去問を用いた「設問分解」でした。それぞれ 3 回ずつ投稿させていただき,私が平成 18 年から続けていた過去問を使った学習方法をやっとものにしたと実感できました。このとき,「設問文を正しく理解すれば,妥当性の高い答案を作成できる」ことに気づいたのです。そして,「設問分解」の手法をベースに,自分の不合格体験と先輩合格者の体験記を参考にして,自分なりの答案作成プロセスを確立しました(詳細は後の項目で述べます)。
「設問分解」のみならず,私が答案作成のプロセスを確立する際に, AAS の HP クラスのカリキュラムが役立ちました。具体的には,@事例を分析して答案として表現する際に MECE な視点を持つこと,Aピラミッド構造を意識して答案を記述すること,そしてB因果関係のある短い文章を作成することです。これらすべてが,仕事でも役立っています。 AAS の先生方からご指導いただいたことを,ここに改めて感謝申し上げます。
■ 勝因分析
(1)知識,フレームワーク,そして答案作成のプロセス
私の 4 年間の学習過程をまとめますと,初期は知識の蓄積に注力しました。次に,個々の知識をフレームワークに落とし込んだ AAS のエレガントな過去問解答例に魅了されました。しかし,自分は AAS と同じようにできないというもどかしさを経験しました。そのもどかしさを,過去問ととことん対峙することで乗り越えることができました。そして 4 年目には,身に付けた知識やフレームワークを,それと意識しなくても使えるような答案作成のプロセスを確立し, 2 次試験に合格できました。
私が合格したわけは,@知識を積み上げ,A企業診断に必要なフレームワークを身に付け,そしてBそれを採点者に分かりやすく伝えるための答案を作成するプロセスを確立したからだと思います。このようにして知識を駆使することができる知恵がつき,診断士として事例企業に対して適切にアドバイスできるようになったのではないかと思っております。一般化しますと,「ものごとを理解し,受け手志向のプレゼン能力を磨き,人と人のコミュニケーションを可能にする」,となるのでしょうか。
(2)平成 19 年の 2 次試験で実施した答案作成のプロセス: 80 分超短納期の実現
では,私を合格に導いてくれた直接的な要因である答案作成のプロセスを紹介します。以下の通りです。
- 与件の第 1 段落を読み,事例企業の概要を把握します。この作業は,「設問分解」する際の予備知識を得るために必要です。
- 「設問分解」で訓練した通り,設問文を読み,設問ごとに答案の主語と述語を確定します。具体的には,設問文に主語や述語の候補が記載されている場合は,四角で囲み,ない場合は余白に書き込みます。この時点で主語が分からなくても,述語だけは分かる場合もあります。このようにして確定した主語や述語は,答案の骨格です。その骨格に,与件から拾ってくる具体的な目的語や補語,修飾語を入れていけば答案ができ上がるのです。この作業によって,時間が限られ心理的に焦っている状態でも,主語と述語が呼応した分かりやすい文章を作成できるようになります。
- 与件文を読み, SWOT に対応する記述に印をつけます。同時に,気になる文言にはメモを残します。何げないメモが残っていると答案を作成するときに役立つことがあります。例えば 19 年の事例 II では,第 4 段落に「社員のモチベーション向上」の具体例が述べられていますが,私はその行間に「モラール」とメモを入れました。さらに「モラール」に対立する「能力」も記入しました。すると同じ段落に能力向上を意味する「顧客サービスを学び」という文言を発見できました。したがって,第 4 問に対しては,モラールと能力の切り口で答案を作成できました。もしこのメモがなかったら,緊張して焦っている 80 分間でこの切り口を答案に盛り込めなかったかもしれません。
- 「設問分解」で訓練した通り,設問文中の制約条件を特定します。さらに,制約条件のキーワードを設問ごとに色を変えてマークします。これは,後で与件文中の文言と対応させるのに役立ちます。
- 設問文中の制約条件をマークした色と同じ色のマーカーを使って,制約条件に対応する与件文中の文言をマークします。これで,設問の制約条件と対応する与件の文言が同じ色でマークされることになります。
- 同じ色でマークした設問文の制約条件と与件文の文言をつき合わせながら,Aで作った主語・述語の骨格に付け加える中身を吟味します。設問ごとに色で区別されていますので,どこに何が書かれているのかが「見える化」されており,短時間で精度よく吟味できます。同時に,答案の一貫性を持たせるために,各設問の階層を決定します。
- 最後に,解答用紙に答案を記述します。
以上です。答案作成には 80 分間しか時間が与えられていません。私は, 80 分という超短納期を実現するために,生産管理で学ぶ作業分析と時間測定の考え方を,答案作成のプロセスに適用したのです。診断士の学習をした以上,その成果を試験に使わない手はないと思います。実際に私は,上記@からEまでの工程を最長 45 分間でできるように訓練し,残り 35 分間で消しゴムをほとんど使わずに工程Fを完了できるような標準時間を設定しました。
私は,この答案作成のプロセスを 4 年がかりで確立しました。受験初期には,与件を全て読んでから設問を見ていました。そこで生産の ECRS の考え方を導入して,上記@,Aのような工程としました。無駄を省き,かつ答案の骨格まで作ってしまうのです。また,私のボトルネックは,設問と与件の対応付けに時間がかかることでした。そこで,ボトルネック工程の生産性を向上するために,受験 4 年目にして初めて色マーカーペンを使って問題冊子の「見える化」を図り,上記C,D,Eの工程を導入しました。まさに,エリヤフ・ゴールドラッドの「ザ・ゴール」の世界です。
以上のプロセスでは,「設問分解」の手法が重要な役割を果たしています。そこを間違うと,よからぬ方向に行ってしまいます。そうならないように 19 年の 2 次本試験前の 1 ヶ月間は, 6 年分の過去問を使って上記@からEまでの工程をひたすら繰り返し訓練しました。それまでに何回も解いていた過去問でしたが,このときになって初めて与件の文言と設問の制約条件が見事に対応していることに気づき,過去問の完成度の高さに思わず唸ってしまいました。平成 18 , 19 年中は過去問を中心に学習してきたのですが,その方向性は間違っていなかったと確信しました。
平成 19 年中には受験校の 2 次模試さえも受けませんでしたので,その年の唯一の新作問題,すなわち本試験問題に飢えていました。どんな事例が与えられるのか待ち遠しく,ワクワクしながら 19 年の本番を迎えました。
■ 4 年間の総括:目標の達成+α
診断士受験のための学習を通じて,私の当初の目標であった経営学を学ぶ機会を得ることができました。知らない世界を知ることができ,毎日違う自分と出会うような感覚を持てて楽しい 4 年間でした。もし合格していなかったとしても,当初の目標は達成できています。
しかし合格したことで,「成功するまであきらめないことが大切で,頑張ってもがいていれば,いつかは自分の殻を破ることができる」という体験を自分の歴史に残すことができました。自分自身を経営することができれば,相手に対して優しくなれるのかもしれません。私が目指す診断士像がやっと見えてきました。 |